係長 シムの桃色手帳 2



出張一日目。
ユノさんと僕は、ソウル駅で待ち合わせた。
僕が用意するよう言われたのは、通信用の末端、各支店の社員情報、営業成績などをまとめたリスト。最低限これさえ揃えば良いらしい。
末端は荷物を減らす為にタブレットも考えたが、タイピングのし易さと効率の良さを優先してノートパソコンにした。
その他、必要そうな物を詰め込んで持参した。
これから8時半発の高速鉄道KTXに乗り、大田駅を目指す。
所要時間は大体一時間だ。
KTYはユノさんが窓側、僕が通路側の座席に座った。
腰を下ろすと、ユノさんはシートへもたれて足を組んだ。
髪は全体を後ろに流し、前髪は少し額にかかった仕事仕様のセット。筋肉質な身体を主張するぴっちりスーツに身を包んで、何時も通り、ため息が出てしまう程キマッている。

「くぁー・・・・・・ねむ・・・・・・」

怠そうに頭を回しながら、ユノさんは欠伸をした。

「だいぶお疲れですね」
「昨日の睡眠時間、二時間でさぁ」

ユノさんが目を瞑ったまま呟く。
それじゃあ、疲れもまともにとれない筈だ。

「最近、そんなハードなんですか?」
「いいや。昨日は出張準備でたまたま」
「そうですか。今のうちに、少しだけでも寝てください。大田に着いたら僕が起こしますから」
「・・・・・・んじゃあ、お言葉に甘えて」

ユノさんはそう呟くと、僕の肩に頭を預けた。
丁度、耳の辺りにユノさんの唇が来る。

「あー快適。撫で肩だから、角が当たんなくて丁度良いな」
「それ、気にしてるんだから言わないで下さいよぉ」

僕は吐息を感じながら、擽ったさに身を捩った。
それを知ってか、ユノさんは耳元、首筋あたりに顔を摺り寄せてくる。

「ちょ・・・・・・くすぐったいですって」
「んー?何てった?眠くてよく聞こえない」

そんなはっきり返答するクセに、聞こえてない訳ないじゃないか。
久しぶりの甘い刺激には、どうしても抗えない。
だから、せめて口だけでも抵抗しておく。

「もう・・・・・・人に見られますよ」

幸い平日の朝早い時間だから、周辺の座席に人は居ないけれど。

「迷惑そうにしとけよ。上司に逆らえなくて困ってる奴と思うだろ」

そんな軽口を叩いて、ユノさんは小さく笑っている。
僕もつい嬉しくなって、口元を緩めてしまう。
もう既に、今仕事中だという意識が半分薄れている。

「そんな顔、出来ないです」

ぽつりと呟きを落とすと、ユノさんはくすっと笑った。
暫くすると寝息が聞こえてきて、本当に眠ったのだと分かった。
だいぶ疲れが溜まっているようだ。
穏やかな寝顔を見て安堵する。
移動時間は一時間程だが、少しだけでもよく眠って休んで欲しい。
僕も、意識は手放さずに目だけを閉じた。
少しだけ、ユノさんへ頭を預ける。
僕らの前を通り過ぎる乗客の皆さん、どうか、二人共眠って偶然寄り添ったと思って下さい。
車体の揺れに身を委ねながら、僕は直ぐ傍にある体温を感じ、甘い気分に浸っていた。






予定通り、大田には9時半過ぎに到着した。
大きなアーチと長い橋、ハンビッ塔がシンボルの、韓国で五番目の大都市大田。
市街地は華やかだが、歴史的な建物や自然も適度にあり、都会過ぎずに住み易い市だ。
市街地にある当支店までは既に迎えの車が手配されており、それに乗車して直行した。
会社へ到着して、エントランスを潜る直前。

「さて・・・・・・行きますか、シム係長」

完全に仕事モードになったユノさんが、にっこり笑って言った。
先ほどの俺様オーラは何処へやら。
本当に器用な人だ。

「行きましょう」

僕もこくりと頷くと、ユノさんと歩調を揃えながら歩き出した。



本日のスケジュールは、各部署の偵察と幹部会議への参加で、ユノさんが発言する脇で僕は記録を担当した。
会議を終えた頃には、既に終業時間を回っていた。
あとはフリーの筈だったが、急遽幹部職員との飲み会に招かれた。
グループ内の関係を保つためのお付き合いだから、断るのはタブー。暗黙の了解だ。
何となく予想はしていたが、すぐホテルへ直行出来ないことを僕はこっそり悔やんだ。



広い座敷に十人程が集まり、酒を片手に各々談話する。
アルコールが回ると、皆口数が増えて笑い声も飛び交うようになった。
僕はユノさんの隣に座りながら、ちびちび酒を摂りながらその中に混ざっていた。
飲み過ぎるなんて事は絶対しない。
ユノさんの腹黒い演技に怯えた過去は、僕の中に大きな教訓として残されている。
あれが交際のきっかけとも言えるが、恋愛感情とは別に、恐怖心もきっちり植え付けられた。
思い返すと今でも怖い。
ユノさんの向い側は社長で、顔をほんのり赤くしながら随分と多弁だ。
酔い易い人なのかも知れない。

「チョン専務の実力には、我々も頭が下がります。この調子なら、あと数年もすれば東方、広南とも肩を並べるだろうって噂ですよ」
「大袈裟です、社長」
「いいや。そんな事は無い。東方も今頃後悔している事だろう。あんな捏造の為に君を手放して」
「有難うございます」

ユノさんは、微笑を浮かべながらクールに対応している。
社長夫人との不倫話がでっち上げだと、上層部の人達は知っているようだ。
だからこそ、ユノさんを受け入れて此処まで働かせた。
グループにとって大きな利益になると、随分前から見越していたのだろう。
社長が、ユノさんから僕へ視線を移した。

「シムさんも、今日はお疲れ様でした」
「お疲れ様です。本日はどうも有難うございました」
「シム君はソウル支店の係長でしたね。今回はどういった経緯で・・・・・・」

その問いには、ユノさんが会話に加わって答えた。

「シムさんは、僕がソウル支店へ入社した当時指導役を務めて下さったんです。今もよく力になって貰うのですが、今回も甘えてしまいました」
「そうでしたか」
「優しいんですよ、シムさん」

ユノさんが僕の肩に手を置いて笑う。
僕らをにこやかに見据える社長を見て、心中で呟く。
まさか、プライベートのユノさんがドSの俺様だなんて、これっぽっちも思わないでしょうね。
こんなに爽やかに、紳士的に笑ってるんですから。
ユノさんの素を知っているから、こうして仕事中の姿を傍で見ている時、何とも言えない気持ちになる。
その時、ユノさんの携帯が着信を告げた。

「失礼。本部からです」

ユノさんは、一言告げると一旦席を外した。
社長が僕へ再び話しかけて来る。

「そうだシム君。もしよければ手相を見てあげようか」
「え・・・・・・?」

気のせいだろうか。
社長の顔が、先程よりずいぶん楽しそうに崩れているような・・・・・・
周りの社員が、口々に言った。

「社長それ、いつも女の子に使う手じゃないですか」
「そうですよ!シムさん戸惑ってるでしょ。止めて下さい」

社長はへらっと笑いながら答えた。

「いやぁ、シム君顔が綺麗だからついね~?」

その言葉に、僕は顔を引きつらせながら「はは・・・・・・」と笑った。
この人大丈夫かな?
酔ってなければ問題無いんだ、凄く良い社長なんだと皆フォローを入れる。
確かに昼間の働きぶりを思い返すと、温厚なうえに仕事が出来て、会社を率いるに最適の人物だと思う。
酔って失敗する人の事は、自分も同じなので責められない。

「でも社長の言ってること結構当たりますから、男の俺も見て貰いますよ」

ある一人がそう言った。
社長と幹部職員が楽しそうにしている光景は、見ていて微笑ましい。
当たるって言うなら、折角だし・・・・・・

「僕も、見て貰って良いですか?」

差し出した僕の手に、社長が触れた。

「どれどれ・・・・・・」

真剣な顔つきで掌を見つめ、そこから厭らしさは感じられない。
ちっとも不快には思わず、僕は呑気に手を触らせていた。
その時・・・・・・
バンッ!と荒い音を立てながら、部屋のふすまが開かれた。
全員ビクつきながら入口に目をやると・・・・・・

「おっと済みません。力加減を間違えました」

ユノさんが立っていた。
笑いながらそう言うけど、僕には分かる。
目がちっとも笑って無い!
ユノさんは元の席に腰を下ろすと、社長の前に手を差し出した。

「先ほどチラッと聞こえて来たのですが、手相を見れるとか」
「ああ。趣味程度だけどね」
「シムさんを差し置いて済みませんが、僕の手相も見て頂けますか」
「勿論」

社長は、ユノさんの手に触れて手相を見始めた。
皆平和にその様子を見守る中、僕一人だけ脅えていた。
やってしまった・・・・・・
絶対、ユノさんの事怒らせた・・・・・・






案の定、ユノさんは解散した後、口数が少なく反応も乏しかった。
今夜泊まるのは、ロッテシティホテル。
18階建てのデザイン性に優れた一流ホテルだ。
タクシーでホテルまで向かうと、ユノさんはさっさと受付を済ませて入口へ向かった。
ああ、やっぱり怒ってる・・・・・・。落ち込みながら、僕はユノさんの後を追った。
ロッテシティホテルにはシングルベッドの部屋が無いので、ダブルベッドの部屋を二部屋抑えてある。
受付を済ませて鍵を受け取ったあと、エレベーターへ乗って部屋のある15階へ向かった。
ポケットに手を突っ込みながら、ユノさんは窓の外の夜景を眺めている。
沈黙が嫌で、僕は少し勇気を出して声を発した。

「あのー・・・・・・」

ちらり、ユノさんが無言のまま、視線だけ僕に寄越す。

「怒って、ますか?」
「当ったり前だろ」

その返答を聞いて、ぐっと言葉に詰まる。
僕に怒ってるのか、社長に怒ってるのか・・・・・・
ユノさんは特に怒りを露出せず、平淡な顔と口調で続けた。

「あの社長、バイなんだよ。既婚者だけど、浮気癖が酷くてその現場もよく目撃されてる」
「え?そうなんですか?」

浮気相手は、女だったり男だったりする。
そして妻もグループ側も、仕事が出来るのでプライベートは野放し状態らしい。
あの温厚そうな顔の裏に、そんな一面が隠れていたなんて・・・・・・
ユノさんは、人さし指で僕の額をつんと小突いた。

「いてっ」
「あんま簡単に身体触らせんなって。それも、寄りによってバイの男によ」
「す、済みません」
「まあ・・・・・・知らなかった訳だし仕方ねぇか。お前だけ責めんのは違うな」

小さく溜息をついて、ユノさんは言った。
そう酷く怒ってはいなそうだ。僕は胸を撫で下ろした。
15階へ到着して、僕らは部屋へ向かったが・・・・・・
隣同士各々扉の前へ並ぶと、ユノさんは当たり前の事のように言った。

「明日、七時出発だから寝坊すんなよ」
「え・・・・・・?」
「んじゃ」

ユノさんは、呆気なく部屋の中へ消えてしまった。
僕は戸惑ったまま、緩慢な動きで目の前のドアを開けた。
取り合えず部屋へ入ったものの、プチショックから中々抜け出せない。
今日はもう、これでお別れ?
そりゃ仕事の出張で来てはいるけど、二人だけの時間を作るという目的も兼ねていた筈。
夜に期待していたのは、僕だけだったのか?
虚しさのやり場に困り、ベッドへ荷物を放ってそのまま佇む。
夜のこの時のために仕事を頑張ったのに、ご褒美が無いんじゃ明日働けるかも分からない。
ジャケットを脱ぎ、ネクタイも取り去る。
スラックスにシャツ一枚だけのラフな格好で、僕は部屋の外へ向かって歩き出した。
このままじゃ眠れない。
やっぱりユノさんと話したい。
キスもしたいし、欲を言うなら・・・・・・抱いて欲しい。
僕は部屋を出ると、隣のドアをノックした。
ドキドキと不安を抱えたまま、ドアが空くその時を待っていた。
暫くすると・・・・・・
ガチャリ。ドアが開いて、ユノさんが顔を出した。

「・・・・・・どうした?」
「あの・・・・・・・・・ホッカイロ、要りませんか?」

切れ長の目が、驚いた風に少しだけ大きくなる。
暫しの沈黙の後、ユノさんは困った顔をして頭を掻いた。

「欲しい・・・・・・と言いたいとこだけど・・・・・・」
「だ、駄目なんですか?」
「まだ社長んこと引きずってんだよ。今一緒に居たら多分、俺お前に酷くするぜ。いいのかよ・・・・・・それでも」

冷めた目で見つめられて、それでも視線を逸らせない。
酷くされるのが嫌なら、貴方と交際なんてしてない。
僕はユノさんに貰うもの、全部愛しいと感じてしまう。
欲張りでゴメンなさい。
小さく頷いて、遠慮がちにユノさんのシャツをキュッと握った。
すると・・・・・・

「わっ」

ほっそりとした形の良い手が、僕の手首を捉えて強引に部屋へ引き込んだ。
厚い胸板に衝突して顔を上げた途端、暗闇が訪れた。
電気を消されたのだと分かった。
視界が暗くなる直前――・・・
僕が見たのは、薄っすら吊り上がったユノさんの唇だった。









To be continue



◇◇◇



確信犯か将又無計画なのか・・・・・・
太田は行ってみたい場所のひとつです。
ロッテシティホテルも行きたいですー(*´▽`*)



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3 Comments

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2016/05/23 (Mon) 13:06 | EDIT | REPLY |   

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2016/05/22 (Sun) 15:29 | EDIT | REPLY |   

723621mam  

黒ユノ、、、
期待に打ち震えております。

2016/05/22 (Sun) 12:03 | EDIT | REPLY |   

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