愛することは、君が教えてくれた 17




































ユノは、イトゥクさんの務め先であり、俺の行きつけでもあるシラギ中央病院へ入院した。
シラギ中央病院は、熟練された医者やスタッフを雇い、最新の設備を導入していることで評判が良い。
過去に、著名人の治療を何例か引き受けていることでも有名だ。
主治医はイトゥクさんが引き受けることに決まり、ユノは特別個室へ入院した。
ユノには血の繋がった兄弟が居なかった。
父親もまた兄弟がおらず、母には兄が一人、その息子が戸籍上義理の兄らしいが、今は海外に在住している。
ほぼ、頼れる肉親が居ないに等しいということだ。
辛い過去に蝕まれ、いざという時に頼れる人も居ないなんて・・・・・・
ユノは、無理せざるを得なかったのかも知れない。
ユノのこれ迄を知れば知るほど、胸が痛む。
家庭環境に恵まれながらも神経症を患った自分が、とても平凡で幸せに思えた。
入院の際は、手続き上“キーパーソン”という存在が必要になる。
本人に治療方針の選択が困難な場合、それを決定したり、出来る限りの手助けをする親兄弟のようなポジションだ。
俺はそれを引き受けることに決めた。
ユノには沢山知り合いが居るが、どうせ身体だけの関係なんでどいつも信用ならない。
俺しかいないだろう。というか、他の奴に任せる気なんて更々ない。
入院当日は、マネージャーが部屋に荷物を運びに来たり、今後のことを話し合ったりと騒々しく終わった。
長い黒髪の美人マネージャーは、帰り支度をしながらぶつぶつと不満を漏らした。

「全く・・・・・・男と好き放題遊ぶだけじゃ飽き足らず、ODしたうえ急に入院したいなんて。ほんっと人騒がせなんだから」
「ごめんね、ボア」
「そう思うんならちょっとは行動で示してよ。まあ、もう慣れたけど」

キツい物言いにイラついていると、ユノが笑って言った。

「俺が男だと手出すだろうって、事務所がマネは女にしたの。でもさ、これじゃあ男と同じだよね。おっかなくて」
「全くその通りだな」

こくこくと頷いて賛同すると、ボアとかいうマネージャーが、髪をばさばさと乱暴に掻きながら言った。

「ちょっとあんた、ユノの新しい彼氏かなんか知らないけど生意気よ」
「あーそうですか」
「それから、ユノのキーパーソンはあたしが引き受けるわ。こいつの管理能力なら確実にあたしが上だからね。あーそれと、もうひとつ・・・・・・」

コートを羽織りながらマネージャーは続けた。

「出来るだけ情報の漏洩は防ぐつもりでいるけど、報道されんのは覚悟しときなさいよ」
「今は病気のことで精一杯だよ」
「我が儘言わないの!じゃあ、また来るわ」

矢継ぎ早にそう言うと、マネージャーは帰って行った。

「なんか・・・・・・見た目に似合わず荒々しい女だな」
「あんな風に振舞ってるけど、結構優しいんだよ。ツンデレなんだ、ボアは」

ユノは穏やかに笑って言った。
少し妬けるけど、ユノの力になる存在なら感謝すべきだ。
面会終了の時刻が迫って来て、俺も病院を後にした。
入院というワードに、不安や虚しさを煽られるのは仕方ない。
でもこれでユノは、誰とも接触出来ない。身体を重ねることはない。
そう思うと、ホッとする自分が居る。
仕方無いじゃないか・・・・・・
いつでもユノだけを想っていられる訳じゃない。
俺だって、傷付くのが怖いんだ。









病院の面会時間は、朝十時から十八時までと決まっている。
仕事の日に見舞いに行くのは難しく、週に二回程、休日にしか見舞いに行けていない。
ユノが会いたがったので、キュヒョンとテミナを連れて行ったりもした。
カトクでメッセージを送ったり通話もするが、やっぱり顔を見て話がしたいと思う。
元気な声で話していても、電話の向こうでは泣いているんじゃないか?
そんな不安が耐えなかった。






土曜の昼。
見舞いに来院した俺は、ユノの部屋へ行く途中、イトゥクさんに呼び止められた。

「チャンミン、ちょっと・・・・・・」

俺はそのまま、イトゥクさんの部屋へと招かれた。
何時もの定位置に座って向かい合い、話し始める。

「どう?ユノの調子」
「チャンミン、確かキーパーソンだよね」
「うん。優先されんのはマネージャーの女だけど」

イトゥクさんは、真剣な面持ちで答えた。

「キーパーソンなら、ユンホ君の治療内容、症状を知る必要がある。恋人なら尚更」
「勿論そうだ。細かく教えてくれ」
「・・・・・・でも、実はそれだけじゃない。ユンホ君の症状には、チャンミンが深く関係しているようなんだ」
「どういうこと・・・・・・?」

イトゥクさんは、手を組みながら静かに話し始めた。

「カウンセリングから、ユンホ君はお父さんに強い罪悪感を抱いている事が分かった」

クローゼットで寄り添った、あの夜を思い出す。
父さんは僕を恨みながら死んでいった・・・・・・ユノは、そう言っていた。

「でも、虐待されたのにどうして・・・・・・」
「それについては、まだ打ち明けてくれないんだけどね」
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・ユンホ君の心は『死んだ父を差し置いて、自分だけ幸せになってはいけない』そんな思考に囚われている。だから、チャンミン・・・・・・君に愛されれば愛されるほど、最悪の意識が強くなる」

心が、ずきんと痛む。
きっと、イトゥクさんが言っていることは間違いじゃない。
悪夢が酷くなってきている、過去の思い出に囚われている。
ユノもそう言っていた。
俺と付き合い出した後の事だ。

「・・・・・・一緒にいちゃ、まずいの?」

イトゥクさんは首を振った。

「チャンミンが離れても、それは根本的な解決にはならないさ。ユンホくんがお父さんに対する罪悪感を捨て、自分を認めてあげないとね」
「そっか・・・・・・」
「久しぶりに会うんだろう?癒してあげなさい」

俺はこくりと頷いた。

「それはそうとチャンミン、自分のことはどうなの?」

イトゥクさんの問いに、俺は得意げに笑ってみせた。
ポケットからある物を取り出す。

「ハンドクリーム?」
「これ、俺の特効薬」



ドアを開けると、ユノは俺を見た途端、にっこりと笑みを浮かべた。

「待ってた、チャンミン」

ベッドに腰掛けて、ぎゅうっと抱き締める。
一週間ぶりの感触だ。

「久しぶり。暫く充電さして」
「うん。俺も・・・・・・」

身体も顔も、少し痩せた気がする。
前はもっとふっくらしていたのに・・・・・・

「なぁ、ちゃんと飯食ってる?」
「んー・・・・・・まぁまぁ」
「・・・・・・まだ、夢見るんだ?」

ユノは困り顔で笑い、肯定を示した。

「抗うつ剤飲んで・・・・・・あとは先生のカウンセリングと、行動療法なんてのもやってる。でもね・・・・・・先生は、一番は俺自身だって」
「・・・・・・・・・・・・」
「薬もリハビリも、病気を直す手助けに過ぎない・・・・・・俺が、何とかならないと・・・・・・」

俺は、背中を丸めるユノの頭を撫でた。

「あまり治さなきゃ、治さなきゃと思うな。逆に負担になる」
「チャンミン・・・・・・」
「俺も、たまにそうなるから」
「うん・・・・・・」
「あ、でも聞いてくれよ」

俺は、この前のある出来事について話した。

「俺さ、施錠する時確認脅迫が酷いんだけど・・・・・・この前、ユノがプレジールから俺を呼んだことがあったろ?夜中」
「うん」
「あの時夢中で家飛び出したもんだから、動画も写真も撮んなくてさ・・・・・・それに気付いたのも、家帰った後だったんだ」
「へえ」
「でもちゃんと閉まってて、もう、超感動した!」
「良かったぁ・・・・・・俺、少しはチャンミンの治療に協力出来たんだね」
「まあ、そういうことだな」

ユノが嬉しそうに笑うから、俺も更に嬉しくなる。
調子にのって、今度はハンドクリームをチラつかせてお願いした。

「あ・・・・・・」
「これ、また塗って。俺が・・・・・・どうしても手を洗いたく無くなるように」
「ふふっ」

ふたり顔を見合わせて、くすくすと笑う。

「いいですよー」

ユノがクリームを掬い、あの日と同じ優しい手つきで、ゆっくりと俺の手に塗りつける。

「どうか・・・・・・チャンミンが手を洗う回数が、減りますように」

ユノの手つきは、泣きたくなる程優しくて・・・・・・
温度もじんわりと暖かい。

「病気よ、飛んでけ、飛んでけ・・・・・・」

俺の手を額にくっつけて、祈るようにそう呟く。
顔は段々と切なげに歪み、声は最後、震えていた。
きっと俺のことだけじゃない。
自分のことも、祈っているように見えた。
病気なんて、早く消えればいい。
綺麗で繊細なユノの心が、ぼろぼろに崩れてしまう前に。
過去に遡って、手を差し伸べられたらどんなに良いだろう。









ある日。
面会へ行くと、ユノの部屋へ直接通されずイトゥクさんが対応した。

「どうしたの・・・・・・?ユノに何かあった?」

問いかける俺に、イトゥクさんは神妙な面持ちで言った。

「君に会うのを・・・・・・拒んでる」
「そんな・・・・・・」
「彼、過去のこと・・・・・・少しずつだけど、話してくれるようになったよ。でも、それをチャンミンが受け入れてくれるか不安に思ってる」
「俺は何知っても・・・・・・っ!ユノから離れたりなんか・・・・・・」

イトゥクさんが、頷きながら俺の肩を叩く。
俺は、ある思いを口にした。
勇気が無くて、ユノには未だ聞けていないことを。

「・・・・・・前から、薄々感じてた」
「・・・・・・・・・・・・」
「イトゥクさん・・・・・・父親がユノにしたのは、暴力じゃなく・・・・・・」

イトゥクさんは、その後を拒むように目を瞑った。

「チャンミン、こればかりは・・・・・・本人の意志が伴わないと、僕も教えられない」
「・・・・・・・・・・・・」

そのあと、俺はイトゥクさんに連れられてユノの部屋を訪れた。
ドアをノックすると、「はい」とユノの小さな返事が聞こえてきた。

「・・・・・・ユンホ君、チャンミンを連れてきた。少しで良い。会ってみないか」

暫くすると「どうぞ」と返事があり、イトゥクさんと俺は、そっと部屋の中へ入った。
ベッドに座ったユノが、ぼんやりとこちらを見つめている。
以前訪れた時よりも、明らかに痩せているのが分かった。
痩けてしまった頬と身体、笑顔のない無表情が、とても痛々しい。

「ユンホくん、僕は行くからね」

イトゥクさんの声がけに、ユノは小さく頷いた。
イトゥクさんは、そっとドアを閉めて退室した。
白い部屋の中、ステレオから流れる静かなジャズだけが流れている。
俺は黙ってベッドに腰掛け、ユノを抱きしめた。
弱弱しく俺の背中に手を回したユノは、ぽつりと呟いた。

「何時まで・・・・・・こうしていられるかな」
「何言って・・・・・・」

見つめたユノの瞳は、涙を浮かべて潤んでいた。

「病気が治らなかったら・・・・・・チャンミンが離れてく」

俺は即首を振った。
思いを込めてユノをじっと見つめる。

「絶対治る。だから、離れない」

ユノは俺の手を握りながら、暫し黙り込んだ。
握る力を強めたり弱めたりしながら、また何か躊躇っているように感じた。

「ねえ・・・・・・」

ユノが再び口を開いた。

「ん?」
「チャンミン・・・・・・・・・人を殺そうと思ったこと、ある?」

いきなり何だ?
思いがけない問いかけに、内心狼狽えながらも平静を貫く。
まあ・・・・・・俺達オタクを馬鹿にした奴らに殺意を覚えたことは、数え切れない程ある。

「あるよ」
「・・・・・・じゃあ、実際に殺したことは・・・・・・?」
「・・・・・・無い」

するとユノは、奮える声でこう言った。

「俺が・・・・・・俺が、もし・・・・・・そうだとしたら・・・・・・?」

その台詞に呼び起こされる。
ネット記事で見た、“自殺”の二文字。
『父さんは僕を恨みながら死んだ』という、あの夜の、ユノの言葉。
ユノ、そういうことなのか・・・・・・?
もしそうだとしたら、俺は・・・・・・

「自首させる」
「・・・・・・・・・・・・」
「自首させて、ユノが出てくるのを待つ」

ユノが、今にも泣きそうに顔を歪める。

「何で・・・・・・?他の人の所に行きなよ!何でっ・・・・・・」
「だって・・・・・・ユノ以外、こんな好きになれる自信無いから」

強がりでもなんでも無い、素直な気持ちだ。
ユノの瞳から、大粒の涙が次々にこぼれ落ちる。
ぎゅっと目を瞑ると、ユノは顔を覆いながら、わんわん声をあげて泣いた。
俺はユノの身体を優しく引き寄せ、あやすように背中を叩き続けた。
きっと俺は、ユノの全てを知っても嫌いにならないし、手放せない。
優しくて、純粋な心の持ち主だと分かってるから。



どんなユノの過去も、俺は受け入れよう。
それが例え、罪であっても・・・・・・・・・









To be continue



◇◇◇



辛いのばっかり~~~
エロ無しの病気なお話に、いっつも沢山の拍手ありがとうです・・・・・・m(_ _)m涙
自分がこれまでに調べたり聞いて印象的だった言葉を散りばめております。





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2016/04/19 (Tue) 23:52 | EDIT | REPLY |   

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