常闇の魚は愛を知るか? 10










常闇



















事務所の外へ出ると、キンと冷え切った空気に包まれ、俺は身震いした。
ジョンヒョンとオニュが、事務所の前の道路を放棄で掃いている。
背の曲がった爺さんが、自転車をふらふらと危なげに運転しながら、二人の目の前を通り過ぎた。
きっとここが事務所の前だと知らないのだろう。平気な顔をして、唾を吐き捨てて去っていった。
その直後、舌を鳴らして爺さんを追っかけようとしたジョンヒョンを俺は引き止めた。

「あ、兄貴!」
「やめとけ」
「でも見たでしょ!?あの糞ジジィ、今唾吐き捨てやがったんですよ!」
「知ってる。でも殴ったら警察沙汰だぜ?あんな爺さん如きで犯罪者扱いされるなんて阿保くせえじゃねえか。自分のためにも黙って見逃してやりな」
「う・・・・・・。わ、かりました」
「よし」

俺は、渋々頷いたジョンヒョンの頭を撫でてやった。
すると今度は、黒いバンが走って来て目の前に止まった。
運転席に座ったシウォンが、俺に視線を寄越して頭を下げる。
同時に助手席の扉が開いて、中から細い足が現れた。
車から降り立つなり、そいつはニッコリと笑って俺に抱き着いてきた。

「ユノ、会いたかった」
「分かった、分かったから、取り合えず離れろ」

チャンミンは俺から身を剥がしたが、首に絡んだ腕は離れないままだ。
こいつは凶暴さが引き立って見えるが、実はそれと同じくらい繊細な心の持ち主でもある。
なかなか手を振り払えずにいると、チャンミンが「あ」と声を発した。

「今日はユノにプレゼントを持った来たんだ」
「・・・・・・プレゼント?」
「シウォン」

チャンミンに呼ばれたシウォンが、でっかいトレイを持ちながら車から降りて来る。
トレイには、骨付き肉が山積みになっていた。
俺は、過去にどこかでそれを見た気がしたが、直ぐには思い出せなかった。

「何だよ、この肉の山は?」

俺の問いに、チャンミンが答えた。

「好きだろう?これ。前に、凄く旨そうに食べてたから持って来たんだ」

それを聞いて俺はやっと思い出した。
この赤々とした骨付き肉は、如月に監禁されていた頃よく食事に登場していた。
俺は確かに、この肉に物凄い勢いで食い付いていた。
でもそれは、別に肉が好きだからではない。
凌辱され、死に際に立たされ、それでも生きようと必死になっていただけだ。
チャンミンはそんな俺を思い出して、単に肉が好きだと思い込んだらしい。
これまで黙っていたジョンヒョンが、途端にチャンミンを怒鳴りつけた。

「あーもう、さっきから見てらんねえ!いいか?兄貴はな、別に肉なんか好きじゃねえ!何も口に出来なかったせいで、お前のせいでなっ・・・・・・」
「あー。いい、いい」

俺は、ジョンヒョンがその先を言おうとするのを止めた。
きっと今のチャンミンには、自分のせいで俺が辛い思いをした事を理解出来はしないだろう。そして、それを反省することも。
少しずつ人間らしさを取り戻しているチャンミンが、いずれ過去を振り返った時に分かってくれればそれでいい。
山積みの骨付き肉と笑顔のチャンミンが並んでいるのを見て、俺は思わず吹き出してしまった。
肉を、ひとつ手に取って噛り付く。

「旨いよ。最高だ」

そう言うと、チャンミンは更に笑みを深くした。
無邪気な子供みたいなその笑顔を、可愛いと思う。
俺のコイツに対する態度はだいぶ変わってしまった。
それが良いのか悪いのかは、よく分からない。
でも、自分の心に素直でありたい。
コイツが俺にそうであるように。
男が5人、そして肉立ち食いという珍しい光景を前に、今度は子連れの女が一人立ち止まった。
見るからに怯えた表情をして、子供の手を握りながら後ずさりする。
此処が事務所であることも、俺達の正体も知っているようだ。
俺は笑みを浮かべながら、道を開けて頭を下げた。

「おはようございます。気をつけて行ってらっしゃい」

俺に合わせて、ジョンヒョン、オニュ、シウォンも頭を下げて挨拶をした。
女は驚いた顔をした後に小さく笑みを浮かべ、礼をしながら俺達の前を通り過ぎた。

「お兄ちゃんたち、またね」

手を振る小さな子供に、俺は手を振り返した。
それを見ていたチャンミンが、不思議そうな顔をして言った。

「何でそこまでするの?あんな、どうでもいい他人相手に・・・・・・」
「少しでも信用買う為だ。信用して貰って、こうして此処に事務所を置かして貰う。治安維持も俺達の大事な仕事なの」
「ふうーん」
「な?ジョンヒョン」

ジョンヒョンは一時苦笑いを浮かべた後、大きな声で言った。

「勿論っす。平和が一番。ましてや一般人殴るなんて、ありえないっすよね!」
「そうそ。チャンミン、こいつを見習え。俺のよく出来た弟だからな」

すると、チャンミンが眉を潜めて呟いた。

「こんな煩くてバカっぽい奴を?」
「てめえっ!それ以上言ったらぶっ殺す!!!」
「いいよ。その前に殺すけどね」
「何!?」

言い合う二人を見て、シウォンが笑って言った。

「随分と仲が良い。坊ちゃんも、弟さん達に仲間入りですか」
「全く、問題児ばっかだな」

俺とシウォンは顔を見合わせてくすりと笑った。
その後、俺は予定されていた不動産プロジェクトの会議へ参加する為、チャンミン、不動産チームの舎弟達と共に、シウォンの運転するバンに乗せられ如月の本部へ向かった。



そして、その事件は起こった。



広々とした机に資料を広げ、如月の不動産プロジェクトチーム大勢、舎弟達とそれを取り囲み、隣にはチャンミンを連れていた。
話し合いの途中、会議室へ資料を届けに来た如月の男が、咄嗟に俺にピストルを向けたのだ。
そいつは不動産チームに扮した、紅蓮に恨みを持っている三下の一人だった。
何ら不思議なことでは無い。
如月と紅蓮は長年、二大勢力として対立し続けて来たのだ。
如月の誰かが、紅蓮の若頭である俺の暗殺を企むことは十分に考えられた。
全く突然の事で、背後から狙われた俺は、直ぐにそれに気付くことが出来なかった。
気付くことが出来たのはったった一人。
人一倍、俊敏性に長けた隣の男だった。
不意に、背後からチャンミン抱き着かれた直後―――・・・
バンッと、鼓膜を破るような大きな音が部屋中に響いた。
始め、何が起きたのか分からなかった。
その直ぐ後に、俺に抱き着いていたチャンミンが、ずるずると崩れ落ちて床に転がった。
腹から、真っ赤な血を流しながら。
正面には、ピストルを持って佇む一人の男。
そいつは、周囲のスタッフに直ぐに取り押さえれた。
俺に向けられたピストル、倒れたチャンミンを見て、目を見開きながら震える男。
俺は全てを理解した。
男に打たれそうになった俺を、チャンミンが庇ったのだ。

「おいっ、早く救急車を呼べ!坊ちゃんが打たれた!!」
「はいっ」

周囲が慌ただしく騒ぐ中、俺は床に膝をついて、チャンミンをゆっくりと抱き起した。

「おま・・・・・・何でっ・・・・・・」

小さく掠れ、震える声で、チャンミンは微笑みながら囁いた。

「・・・・・・愛、の・・・・・・あ、か、し・・・・・・」

俺の手を握り、血が溢れる傷口へそっと誘う。
掌で、チャンミンの温度が流れてゆくのを感じた。
チャンミンは目を閉じた後、くったりとして動かなくなった。
愛の証だと?
お前は愛を学んだっていうのか。
だとしても俺は、こんな事のためにお前を教育した訳じゃない。
命と引き代えに俺を庇うなんて・・・・・・
生暖かい血液に触れながら、俺は、鮮明な赤が床に広がるのをただじっと見つめていた。









◇◇◇



新年から暗い、暗すぎる!
あ、皆様、あけましておめでとうございます。
今年もどうぞ宜しくお願い致します(#^.^#)
年賀状、希望された皆様に送ったつもりですがちゃんと届いてますでしょうか?
もし私届いてない!という方がいらっしゃいましたら報告してくださいね~!



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5 Comments

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2016/01/06 (Wed) 22:32 | EDIT | REPLY |   

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2016/01/04 (Mon) 14:03 | EDIT | REPLY |   

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2016/01/03 (Sun) 21:32 | EDIT | REPLY |   

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2016/01/03 (Sun) 20:46 | EDIT | REPLY |   

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2016/01/03 (Sun) 02:07 | EDIT | REPLY |   

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