ミッドナイト・ガイズ 10

  23, 2015 22:41


















ミッドナイト・ガイズ・表紙


















開店前、着替えも化粧も済ませた男娼達がフロアに集まる。
ナンバー1の挨拶は毎日の日課だ。
今日も全員が僕のひと言を待っている。
姿を現したオーナーが、僕の背中を叩き、言った。

「マックス、格好良く締めてくれよ」

汚い手で触るな。
心の中でそう呟きながら、僕はオーナーを睨んだ。
本当ならば、笑顔を貼り付けたその裏の顔を、今この場で暴いてやりたい。
でも、あのことは他言しないとユンホさんと約束した。
僕も既に、共犯者なのではないだろうか・・・・・・?
これ以上、自分を見失いたくない。
僕は息を吐き出してから、ゆっくりと口を開いた。
これは僕自身、そしてメンバー全員へ向けて送るメッセージだ。

「周りの刺激に振り回されるな。自分を強く信じ、信念を貫くこと。以上」

男娼たちが各々返事をし、僕は真剣な顔つきで全員を見つめた。
どうか、誰も傷つきませんように。
犯罪という闇に、のまれませんように。
そう、強く願った。



僕は本当にこのまま、ふたりの取引を見逃して良いのだろうか?
葛藤すると同時に、いつオーナーに麻薬を盛られるだろうと怯えながら過ごす毎日。
誰にも苦悩を打ち明けられず、どうにかなってしまいそうだった。
ユンホさんの姿を、店で見かけることも無かった。
そしてまた、金曜日がやってきた―――



店の営業準備が始まる夕方。
空が分厚い灰色の雲に覆われ、ぽつぽつと雨が振り始めた。
雨は次第に強くなり、ゴゴゴ、と低く唸るような不気味な音が、空に響き渡った。
窓の外を見つめながら、共に準備をしていた男娼のひとりが言った。

「積乱雲だ・・・・・・」

何だか、嫌な予感がする。
そしてある瞬間、それは確かにしっかりと、僕の耳に聞こえた。
聞き覚えのある足音が、コツ、コツ、コツ・・・・・・と鳴り、近付いてくるのが。
あの人が、来た。
メンバーが準備を継続する中、僕一人だけそれを察知してフリーズしていた。

「マックス、どうした?」
「・・・・・・・・・・・・」
「マックス?」
「済まない・・・・・・。用事を思い出した」

僕はフロアを出てエントランスへ向かった。
すると丁度ユンホさんの背中が、オーナーの部屋の方へ消えてゆくのが見えた。
まだ開店していないこの時間に、ユンホさんが此処を訪れた理由は・・・・・・
取引き、それしか考えられない。
やっぱり、このまま傍観することなんて出来ない。
僕は控え室のキャビネットから、果物ナイフを取り出してポケットに忍ばせた。
ユンホさん、もし貴方が本当に犯罪者ならば、僕はどんな手を使っても仲間や自分を守るため、そして貴方のために、最悪の事態になるのを防ごう。
ユンホさんが部屋に入ったのを確認すると、僕は扉の前まで歩いて行き部屋の中を覗き込んだ。

「待っていたぞ」

オーナーは吹かしていた煙草を灰皿へ押し付け、ユンホさんを見つめてニヤリと笑った。

「俺にシャブをせがむとは・・・・・・教えた店で手に入らなかったのか?」
「いいや。此処に来るついでに、あんたから譲って貰った方が手間がかからないと思ってな」
「成程」
「俺を、最初の客にしてくれるんだろ?」
「ああ。勿論だ」

ふたりのやりとりを聞きながら、僕は恐怖に押しつぶされそうになるのを必死に耐えた。
オーナーは座椅子から立ち上がり、ユンホさんの前に立ってある物を掲げた。
オーナーが手に持っているそれは・・・・・・
白い粉末状のものが入った、小さな袋。
シャブだ。
僕は汗でぐっしょりと濡れた手で、ナイフを強く握り締めた。
僕にしか、二人を食い止めることは出来ない。

「さぁ・・・・・・受け取れユンホ」

ユンホさんの手が、ゆっくりと宙に浮いた。
僕は割り込むタイミングを見計らい、今にも緊張で崩れそうな足を一歩踏み出した。
そして次の瞬間・・・・・・
ユンホさんの手が捉えたのは、オーナーの手首だった。
ユンホさんに手首を握られたオーナーは、訝しげな顔をして呟いた。

「・・・・・・おい、どうした?」

ユンホさんが、オーナーを見つめながら無言でニヤリと笑った。
その笑みは、背筋がゾクリとするような冷酷さを含んだ笑みだった。
もう片方の手で、ユンホさんは黒く光る手錠をポケットから取り出し、オーナーの両手にはめた。

「オーナー、あんたを麻薬所持及び、密売の容疑で逮捕する」
「なっ・・・・・・!」

オーナーは青ざめながらユンホさんを睨み、震える声で言った。

「ユンホお前っ・・・・・・嵌めたな!」

ユンホさんは冷笑を浮かべたまま、平坦な口調で返した。

「アンタみたいな下衆な人間の餌になるなんて、まっぴらごめんさ。シャブに溺れようなんて、これっぽっちも思わないしな」

オーナーは肩を落として、観念したように小さく笑った。

「まさか、お前に騙されていたとは・・・・・・。名演技だったよ」

そういうことだったのか・・・・・・
一気に緊張が抜けた僕は、ずるずると床に崩れ落ちて尻餅をついた。
丁度その時、遠くからサイレンの音が聞こえて来た。

「さぁ、お迎えだ。行くぞ」

ユンホさんが、オーナーの肩に手をかけて歩くよう促した。
部屋の外に出た二人は、ナイフを握り締めながら尻餅を付く僕を見て、驚いた顔をした。

「マックス・・・・・・」

僕は気力を振り絞って立ち上がり、まずはユンホさんに頭を下げた。

「貴方を疑ったことを、深くお詫び致します。申し訳ありませんでした」
「構わない。仕方の無いことだ」

ユンホさんは、そう言って僕に微笑みかけた。
僕はオーナーに視線を移すと、オーナーの首筋にナイフを突き立てた。

「っ・・・・・・」
「僕たち男娼は、貴方に信頼を置き、従い、尽くしてきました。僕たちを裏切ろうとした代償は大きいですよ」
「す、済まなかった・・・・・・」
「しっかりと、罪を償ってください」

僕がナイフを取り去ると、二人は再び歩き始めた。
二人の背中を後ろから見送ってから、僕もフロアへと戻った。

フロアは、警察が店に現れたことで騒然としていた。
突然の事態に、男娼達は皆混乱している。
それぞれが警察と言い争ったり揉み合ったりする中、オーナーはユンホさんに連れられ、出口へ向かって歩いてゆく。
すれ違いざま、手錠をかけられたオーナーの姿を見て、皆驚きの表情を浮かべた。
ある一人の男娼が、ユンホさんの腕を掴んで言った。

「おいあんたっ。オーナーを何処に連れてく気だよ!?」

するとユンホさんが口を開くより先に、別の男娼が言った。

「その人から手を離せよ」
「お前、何で止めないんだっ」
「オーナーは・・・・・・麻薬の密売に関わってる。そのうえ、俺達も客も利用しようとしたんだ」
「そんな・・・・・・嘘だろ?」

僕はその言葉を聞いて、驚きを隠せなかった。
オーナーの行動を把握しているのは、この店で僕一人だけだと思っていた。
見ると、発言をした男娼以外にも数人、オーナーをじっと睨みつけている男娼達が居る。
きっと発言した彼と同じく、オーナーの素顔を既に知っていたのだ。
落ち着きはらったその態度は、まるで今日この時を、逮捕の瞬間を待っていたかの様だ。
そして僕は気付いた。
彼らは皆ユンホさんに指名され、ベッドルームへ連れて行かれた過去があるという事に。
ユンホさんは暫く沈黙してから、口を開いた。

「君たちのオーナーは・・・・・・麻薬所持の容疑で送検することになった。この店へもこれから捜査が入る。暫く営業が難しくなると思うが、我慢してくれ」

そう伝えて去ろうとするユンホさんに、僕は思わず声をかけた。

「待って下さい」

ユンホさんが、歩みを止めた。

「貴方は一体、何者なんですか?」

ユンホさんはゆっくりと振り返り、答えた。

「・・・・・・政府から送り込まれた潜入捜査員・・・・・・御曹司なんかじゃなく、ただの国家公務員だ。騙して済まなかったが、君たちを犯罪から守るためやむを得なかった。許して欲しい」

それだけ残すと、ユンホさんはオーナーと共に、扉の向こうへ消えていった。
僕は扉を見つめたまま、暫く立ち尽くしていた。









◇◇◇



はい、こんな感じです。
予想当たった方、いらっしゃいますか?
展開を不満に思われた方、申し訳ありません・・・・・・
ユンホさんのお仕事は、民間の警察ではなく司法警察という職種に分類されます。
あと一話くらいで本編終わると思います。
本編終了後は、多分何時もの流れで番外編書くと思います。
宜しければお付き合いください♪



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