turn over 11



翌日。
ふと目覚めると……

「げっ」

時計が目に入った途端、俺は飛び起きた。
昼を通り越して夕方だったからだ。
今日は各自フリーで練習だから時間のノルマはない。
でも、全く何もしないのはマズイ。
事務所はライセンスを記憶して、その日にグループのメンバーが訪れたかを管理している。

「ヒョン?」

チャンミナが、微かに目を開けて俺を見ていた。

「いま何時ですか」
「16時」
「あー、マジかぁ……。練習……」
「今日は止めとくか」
「ヒョンだけでも行ってきたら?」
「けどお前……」
「いいから行ってきて。ポカリとアイスが欲しい。事務所行くついでに買ってきて」

これはチャンミナなりの、仕事で手を抜けない俺への気遣いだ。

「ほら、いってらっしゃい」
「……うん」

俺は結局、チャンミナの優しさに甘えることにした。

「俺は調子悪いことにして下さい。もし行けそうだったら、後から行きますんで」
「無理はするなよ」
「はいはい。ねぇ、高級なアイスがいい」
「わかった、5個でも10個でも買ってきてやる」
「そんなには、いいです」

くすくす笑うチャンミナにキスを落として、俺は支度を始めた。












何故俺は今、幾つもの熱い視線とカメラを向けられているのだろう。
まるで、動物園の人気者にでもなった気分だ。
こんな表現は、今俺の回りに集まっている女の子達に対して、失礼かもしれない。
けどプライベートでこうも取り囲まれると、やはりいい気分とは言えなかった。
自己管理がなっていなかった俺に、原因があるのだが。
事務所に着き、入り口の前で気づいた。
バックの中に入館証が無いことに。
心当たりを探ると、入館証の在処は直ぐに思い浮かんだ。
家に忘れたに違いない。
さてどうしようと考えているほんの数分のうちに、俺の回りはたちまち人混みへと化してしまった。
きゃあきゃあと上がる高い声は止む様子がない。
悲鳴なんてコンサートやイベントで散々聞き慣れているが、私用でこんな状況下に置かれるのは恥ずかしくて、出来るなら即刻姿を消したかった。
家に取りに戻りたいが、ここから迂闊に動いたら収拾がつかなくなるに決まってる。
どうする。
どうするんだ、俺……






『あんた、いい歳して子供ですか?』

入館証を忘れた事、今俺が置かれている状況を伝えると、携帯の向こうから呆れたような声が聞こえてきた。

「ごめんね?」
『まぁこんなのは今に始まったことじゃないし、んな驚きませんけど』

その口調から怒っているような印象は受けない。
むしろ……

「おい、なぁに笑ってんだよ」
『今……ふっ……!ヒョンが囲まれてるの想像したら、ぷっ……笑えてきて……くくっ……』
「お前、酷いぞ」
『ごめんなさい、怒んないで……くっ」

笑っているのは気に食わないけど、頼ることに免じて反抗はしない。
とにかく!

「俺こっから動けないし、マネヒョンに取りに行ってもらうように頼むから。入館証、ソファにかかってるコートのポケットに入ってんだ。渡してくれないか」
『俺が届けに行きますよ』
「疲れてるだろ、いいから休んで」
『ヒョンより強いんですよ、俺は。ずっと受けてきたから慣れてるの』
「でもなぁ……」
『マネヒョンに運転頼むなら納得する?乗せてもらって、一緒にいきます』

ただでさえ疲れているチャンミナを、こんな状況に巻き込みたくはない。
返事を躊躇していると、チャンミナが強い口調で言った。

『頼ってよ。格好良い相棒を』
「……ありがとう。じゃあ、頼む」

ここまで言わせて、断る気にはなれなかった。

『マネヒョンには俺が電話します。大勢の前で余計なこすると、色々勘繰られて良くないから』
「はい……。お願いします」

通話を切ると携帯をポケットに入れた。
昨晩はあんなに可愛かったのに。
いざと言う時には、頼もしい言動で俺を助けてくれるお前はやっぱり格好いい。
これからチャンミナが来てくれると解ったら、この言い様のない心細さが随分と軽くなった気がした。



程無くして、見覚えのある車が事務所の前に到着した。
それまで俺に集中していた視線は、次々と車へ移った。
電話していたことを知っているから、俺が助けを呼んだことは大体予測できる。
一体誰が登場するのかと、興味津々な様子が見てとれた。
ああ、巻き混んでごめん。
けど、助けにきてくれて死ぬほど嬉しいよ。
ドアが開いて、チャンミナが姿を現した。
再び、きゃあきゃあと甲高い声が上がる。
すとん、と軽やかに車から降りるその動きは、ぐったりと眠っていたあの姿を微塵も感じさせない。
チャンミナは、俺を見つけると身に付けていたサングラスをずらし、ばかヒョンと口だけ動かして笑った。
沢山の人に揉まれながら、回りにはこれっぽっちも目をやらず、俺の方へ向かって歩いてくる。
大勢の中にいても、回りがまるで白黒になったかのように、俺の目はチャンミナしか捕らえなかった。
その姿は、なんだかやけにかっこよくて、男前で……
次にチャンミナが抱きたいと言った時には、好きなだけ抱いてくれ!と言おう。
そう、心に誓ったのだった。









END





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