僕のピアニッシモ 5

  27, 2014 07:49



僕はあの日からずっと、暗闇の中で演奏し続けている。
この悲しみを誰にも打ち明けられず、ただただ、指先に思いを込めて。

力強い表現は、僕には似合わない。
暗闇に響いているのは、いつだって弱く頼りない音色達。

僕の、愛しきピアニッシモ。




















僕のピアニッシモ・表紙





















小さい頃から音楽が好きだった。
晴れて中学の音楽教師として就任した頃。
視力の低下は着々と進み、医者には失明の可能性を伝えられていた。
これ以上治療が遅れると取り返しがつかなくなる。何とかして改善させたい。
そんな父さんの強い意向により、僕は治療のため病院へ入院する事になった。
大好きだった仕事も辞めざるを得なかった。
しかし、入院先で進行を防ぐ事は出来ず、僕は結局失明の運命を辿る事になった。
覚悟はしていたが、失明した事はやはりショックで、なかなか直ぐには受容出来なかった。
生きる目標を失い、父さんが買ってくれた屋敷で毎日ピアノを弾いて過ごしていた。
このままではいつか、僕は浮幽霊にでもなってしまうんじゃないか?本気でそんな事を思った。
人と関わらない世界で過ごすのが怖くなり、僕は再び入院した。










ある秋の日。
何の変哲もなく、平穏に過ぎ行く毎日に変化が訪れた。

「シム先生……?」

僕に声をかけたその青年は、短い教師時代によく遊んでいた生徒、ユノだった。
声も触れた身体も11年前と全く違っていたが、誠実で優しい性格は昔のユノを思い出させた。
ユノは、立派な大人の男になっていた。
何度か会って話すうちに、僕はユノに好意を抱くようになった。
僕がずっと人の温かさを求めていたからなのか、よく知っているユノだったからなのかは解らない。
ただ、ユノの優しさに包まれていたかった。
ユノは僕を好きだと言い、僕はそれを受け入れ、恋人の仲になった。









ある日、主治医が僕に言った。

「最新の技術で、全盲を改善させた事例がある事が判りました」
「本当ですか……?」
「はい。そこで提案ですが……オペについて、考えてみてはどうでしょうか」

主治医は続けた。
オペを希望するならば、事例を担当した、腕の良い有名な医者に依頼する必要がある事。
そして、手術が成功する可能性は20%。
事例を担当した医者でも失敗例があり、成功が奇跡的な程、極めて難易度の高い手術であると。
僕はその晩父さんに電話して相談し、半ば押しきられるように手術を行うことを決めた。







僅か20%に、希望を持つことなんて出来ない……
ずっと下を向いて生きてきた僕は、諦める事に慣れてしまっていた。
手術はきっと、成功しないだろう。

一番最初に考えたのは、ユノのことだった。
ユノ、君は僕と歩むべきじゃない。
早いうちに気付いてよかった。
一人で生活出来ない僕に尽くすより、もっと明るい未來があるはずだ。
まだ若く魅力的なお前には、素敵な出会いが沢山あるだろう。
僕は、暗闇の中で別れの曲を弾いた。
愛してくれたユノへの感謝の気持ちを、指先に乗せるようにして、優しく静かに。











「何で、そんな事……」

別れを告げると、ユノは苦しげに呟いた。

「お前を思っての事だ」
「俺は先生を愛してるんだよ。俺の気持ち、ちゃんと考えた?」
「考えたさ」
「考えてない。俺は先生が何も見えなくても好きだよ、一緒に居たいよ。それでも、先生と別れるのが俺の為だって言うの?」
「いつか解る。違う出会いがあった時、大事なのは今じゃなかったと……僕だけに捕らわれなくていいんだ」

ユノは珍しく声を荒げた。

「俺の気持ちを否定するなよっ……こんなにも先生が好きって言ってるのに……」
「ユノ、解ってくれ」
「解らない。どうして、一緒に前を向こうとしないんだ……」

ユノの言葉が胸に突き刺さり、ズキズキと痛んだ。
涙を堪えながら、震える声で名前を呼ぶのがやっとだった。

「ユノ……ユノ……?」

返事はない。
ユノは病室から消えたのだと解った。
僕は、ベッドの上の布団を手繰り寄せて顔を埋めた。

「僕だって辛いんだ……お前の顔を見れない事……死ぬほど辛いよっ……」

肩を震わせて泣き続けた。




その日以来、ユノが連絡を寄越す事も、病室へ来ることも無くなった。









◇◇◇



うわーん。

あ、拍手沢山ありがとうございます!
コメ返遅れています、すみません~(;_;)





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