僕のピアニッシモ 8

父さんへ毎日仕事、お疲れさまです。手術は無事成功し、僕は視力を取り戻す事が出来ました。オペを勧めてくださり、手術費も出して頂いて大変感謝しております。なかなか父さんに会えない僕ですが、寂しくはありません。嬉しい知らせがあります。僕を大切にしてくれる、素敵な恋人が出来ました。男性ですが、とっても魅力的な人です。父さんが買って下さった家で、二人で幸せに暮らしています。宜しければお顔を見せにいらしてくだ...

僕のピアニッシモ 7

『仕事が終わったら、飛んで行きます』ユノからのメールを見て、思わず笑みを溢した。僕らは恋人の仲に戻った。本当は、これからもずっと一緒に居たい。僕が気持ちを伝えると、ユノは笑って言った。『俺、先生と別れたつもりなんてなかったですよ。ヘコんでて会いに来れませんでしたけど』『ごめん……』『もういいです。今、凄く幸せだから』視力を取り戻したあの日以来、僕は幸せな時間を噛みしめながら、穏やかに過ごしている。昼...

僕のピアニッシモ 6

窓から入り込む風が、また一段と冷たくなったように感じる。外に植えられた木から枯葉が落ちたのか、カサカサと乾いた音がした。『先生、紅葉が綺麗だよ』もう暫く顔を見せないユノの優しい声を、聞いた気がした。手術は、今日施行される。僕を乗せた車は、昼過ぎにオペを依頼した病院へ到着した。父さんは仕事のスケジュールを空けられず、今日は僕の元へ来れないそうだ。放っておかれるのには慣れているので、それを聞いても当た...

僕のピアニッシモ 5

僕はあの日からずっと、暗闇の中で演奏し続けている。この悲しみを誰にも打ち明けられず、ただただ、指先に思いを込めて。力強い表現は、僕には似合わない。暗闇に響いているのは、いつだって弱く頼りない音色達。僕の、愛しきピアニッシモ。小さい頃から音楽が好きだった。晴れて中学の音楽教師として就任した頃。視力の低下は着々と進み、医者には失明の可能性を伝えられていた。これ以上治療が遅れると取り返しがつかなくなる。...

僕のピアニッシモ 4

朝、出勤途中に車の中でクラシックをかけた。『Chopin』と書かれたCDケースは、かなり年季が入っている。中学の頃に先生の影響で興味を持ち、小遣いで買った物だ。先生と会えなくなってから見るのも聴くのも辛くて、実家の机の中に長い間しまったままだった。先生がよく弾いていたノクターンが、車の中に響く。優しく優雅な戦慄は、まるで先生そのもののようだ。窓の外を流れるビルの隙間から朝日が差し込んで、まだ人も疎らな街を...